朝鮮半島から輸入されていた貴重な薬草

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薬局に並んでいるドリンクを、値段の高い方から眺めてみると「高麗人参」と書いてあるものです。

このように、至る所で目につく高麗人参ですが、いったいどのように日本に伝わってきたのでしょうか? その歴史はどのようなものなのでしょうか? 今回は、そんな高麗人参の歴史についてご紹介させて頂きます。

朝鮮半島で栽培された貴重な薬草

4000年以上前の中国で、根の部分が「人の形」に見える薬草の効能が注目を集めます。
書物の記録としては、2000年以上前の医学書(中国)に、「仙薬」「霊薬」として記載されています。
その薬草は、貴重な漢方薬として活用され人々の生活に役立てられ、当時は単純に「人参」と呼ばれていたそうです。
その高い効能に着目し、幾度となく栽培を試みるのですが、栽培するのはとても難しく失敗の連続。
やっと18世紀頃に朝鮮半島で栽培に成功します。

日本にも、8世紀頃から朝鮮半島経由で人参が輸入され、その効能の素晴らしさから、とても珍重されていたと記録が残っています。
その当時は、一般庶民には手の届かないような価値ある薬草として扱われていた様子です。

日本でも栽培できないか?

珍重されている人参を、日本でも栽培したいと思うのが当然の流れです。
そこで頑張ったのが、あの有名な徳川一族です。
徳川家康からチャレンジスタートし、八代将軍の徳川吉宗の時代にやっと栽培に成功ます。
吉宗は、研究した栽培方法を諸大名に公開し、日本での高麗人参栽培に大きく貢献しました。

人参から高麗人参へ

そもそも、中国・朝鮮半島からの輸入物を「人参」と呼んでいたのですが、今では「ニンジン」と言えば、オレンジ色の赤い根野菜です。
一説によると、開国後に入ってきた野菜の「ニンジン」が、当時有名だった薬草としての「人参」と同じように根菜だった事から「セリニンジン」と呼ばれるようになり、時代の流れで薬草としての人参よりもメジャーになってしまった結果、「セリニンジン」→「ニンジン」になったといわれています。

中国、朝鮮半島で古来から栽培されてきた貴重な薬草。
それが、現在の「高麗人参」のルーツです。
(参考)高麗人参の歴史http://xn--gmq95j107eved.tv/03rekisi.html